2012年1月17日火曜日

忘れない努力

 今朝は6時前に起きようと思って目覚ましもセットして寝たのだが、やはり寝過した。忘れてはいないのだが。年々、あの時刻に起きることが出来なくなってきている。
 あの日、当時住んでいた団地のベランダから神戸方面を見ると黒い煙が何本もたっており、夕方になってもその煙が消えることはなかった。
 今回の東日本大震災では、大津波による死者が圧倒的に多く、関東大震災では死者のほとんどは火災によるものだったといわれている。阪神淡路大震災では、倒壊家屋の下敷きによる犠牲者が多かったといわれており、時代の流れの様なものもの感じられる。
 豊中は大阪の中では唯一死者が出ており、被害も大きかった。水道、ガスの復旧は2,3日かかったように記憶している。水洗便所の水に、お風呂の残り湯を使って助かったことからその後、我が家では前日の残り湯は捨てずに翌日までおいておく習慣になった。
 そんなことを思い出しながら、急に思い立って神戸に行った。この日に合わせて神戸に行くのは2回目だが、震災直後に神戸の職場見舞いに行った時は、阪急を途中で降りて、倒壊して屋根だけの家並みの中を徒歩で向かった。
 3周年の集会には神戸の仲間と参加したが、今日訪れた「東遊園地」には今日、初めて行った。会場には多くの報道陣が詰めかけており、参拝者や訪れる人たちを取材していた。初めて見る「1・17希望の灯り」のモニュメントには、
  震災が奪ったもの、命 仕事 団欒 街並み 思い出  とあり、
  震災が残してくれたもの、 やさしさ 思いやり  仲間  とあった。
この希望の灯りは、陸前高田にも分灯され、復興への励ましの灯となっている。

2 件のコメント:

  1. !先週末に昔の仲間といっぱいやりましたが、どうしてもこの時期になると「あの時は・・・」という思い出話になります。
     しかし、今から考えると何故あの時点で「原発廃止」に考えが及ばなかったのかと悔やまれます。
     3.11後の今日、ほんとうに原発ゼロを実現しないと、今度は『悔やまれます』ではすまないでしょう。

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  2. !関西の人間は「関西はもうすんだ」と思っているところがありますが、井野博満東大名誉教授は「原発では関西が最も危険」と指摘しています。

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