2011年4月30日土曜日

 大阪歴史博物館で開催中の「超絶技巧」展を見た。出展作品の多くは-清水・三年坂美術館-所蔵のものだ。日本の美の頂点・「小さきもの」、芸術家ではなく職人・名工が残したものは印籠・根付などとともにその多くが海外に流出した。
 子供の頃から小さいものが大好きで、骨董好きになった原点のようなものである。

  金工(刀の柄の飾り)など武家社会と深くかかわった江戸の職人の技術の凄さが明治になって芸術作品となり、シカゴ万博などで諸外国を驚嘆させた。
 職人の一人は大阪造幣局で、我が国初の金貨原型彫刻をまかされ、技術指導で招かれた外国人技師がその技術の高さに「何も教えることはない」と帰国したという逸話もあるらしい。
  写真は骨董市で見つけた20センチ足らずの「小引き出し」である。昭和の初期のものであろうが、指物の技術が生かされ、今も少しの狂いもなく切手入れとして重宝している。
 これは現代の「超絶技巧」といってもいいのでは、と思う「ミニチュア・ギター」である。大きさは10センチ足らず、なにが凄いかというと、このモデルは「憂歌団」の内田勘太郎が使っていたギターを表面の傷も忠実に再現しているのだ。
 作っているのは京都の吉田さんという人で、若い頃は「杉田二郎」らとバンドを組んでいたらしい。とにかく一点、一点の作品に対する思い入れが凄く、愛情が感じられる。
 彼は職人ではなく、作家と呼ばれるのであろうが、(職人とは、同じものを同じように、幾つでも作れる者をいう)その技巧は「職人」に通じるものがある。

2011年4月25日月曜日

  ちょっと油断した隙に風邪をひき、2日寝込んでしまった。春の気温の変動の大きさについていけない体になったのか、情けない。
 昨日の投票には何とか出かけられたが結果はあまり思わしくないようだ。関東の知り合いは最下位当選、応援した京都の知り合いは一騎打ちを挑んだが残念だった。
 全国的にも原発反対派が伸びておらず、今ある福島の危機が身近な問題と捉えられるには、もう少し時間がかかるのかもしれない。
 という事で、どこにも出かけず、ベランダを眺めていたら手摺に絡みつくように伸びている黄色い花が、貰った時は名前を覚えていたように思うが蔓のように細い枝が伸びて花を付けている。支柱を差しこんで床の間に。
 わりとポピュラーな名前だったように思うが風邪の所為でつまった鼻と同じ様にモヤモヤとして思い出せない。

2011年4月17日日曜日

   ご教示いただいた上は報告せねばなりません。昨晩、開封した梅酒と杏酒、まさに甘露、甘露、かの酒仙「李白」が呑めば名詩を詠んだであろう。自画自賛しすぎですネ。
 レシピどおりに氷砂糖を入れたので少々甘口ではあると思うが最初にしては上出来である。
 そして何より感動したのが「梅の実」です。台湾旅行で土産に買った「茶梅」に匹敵する旨さでした。焼酎と氷砂糖の浸透圧でこんなに柔らかく上品な旨さが出てくるのだ。チョーヤに負けてません


 左は「杏の実」です。梅の実に比べ若干苦味があり、酒のアテにピッタリです。前回ブログした杏の種から出た若葉が若木になり大きな実がたわわに繁る姿を今から想像しています。
 梅の実は、酒はもちろん、お茶請けにも、スイーツとしても十分いけます。
 

 
  さて、本日の〆に、見納めの桜を、いつも行く箕面の萱野三平邸の庭に咲く桜が見頃を過ぎ、散り初めの姿を披露してくれています。 
 2011年の桜も自粛ムードの中でひっそりとその幕を閉じようとしています。ライトアップの夜桜の下で焼き肉の煙、モウモウの花見も結構ですが今年のように缶ビール片手に静かに桜を愛でるというのも花見本来の姿かもしれません。来年もよろしく!  

2011年4月14日木曜日

見よ、自然の営み、力強さ!

 ベランダのプランターの雑草を抜いていると根っ子に種のようなものがついて根が伸びているではないか!しばし、記憶を辿ると、去年、嫁はんの友人から杏の実をたくさん貰い、杏酒とジャムにしたのを思い出した。
 その時ジャムにするため取り除いた種を試しに空いていたプランターの隙間に突っ込んでおいたのが芽を出したに違いない。小さなプランターの中に起こった偉大な自然の営み、感動した!
 さて、杏は木に生るんですよね、早速調べなくては、楽しみが一つ増えました。
 
 これは、はっきり認識して植えた「ドングリ」です。採取地は某自然公園のものですので内緒です。固い果皮を割って伸びる若枝、これも自然の力強さを教えてくれます。
 我が家にはもう一鉢、これも別の某自然公園から持ち帰ったドングリが15cm位に育っています。トトロの森にはならないでしょうが子供の頃のように観察をして楽しみたいと思います。
 さて、最初の杏酒の話のついでに、というかこれが本題ですが一緒に梅酒も付けました。(去年6月に)さて、飲み頃はいつごろでしょうか?そして梅の実は先に取り出しておいた方がいいのか?どなたか教えてください、「梅酒にセオリーなし」という人もいますが。

2011年4月8日金曜日

寅さん!出番です

   偶然にも今朝、ラジオと新聞で被災地を励ます映画の事に触れていた。それは山田洋二監督「男はつらいよ」について。
 第48作「寅次郎紅の花」シリーズ最終作となったこの回では、阪神・淡路大震災後の神戸・長田の街に寅さんが現れる。

 夫婦漫才の大助・花子が扮するパン屋の夫婦が震災後再建したパン屋の店先で寅さんが声をかける、「よぅ!元気かい」そして集まった人々に「みんな苦労したんだろうな、ご苦労さんでした」と声をかける。
 山田監督の心憎い演出だった。実はこのシーンが実現するまでには、こんなエピソードがあった。
 「寅さんの」ロケ地に!という要請は全国からあるらしい。震災後の神戸長田の街から「寅さんに来てほしい」という要望があった時、山田監督は「こんな大変な時に寅さんのようなお調子者が行くのはどうか」と思ったらしい。しかし、長田の人々は「こんな時だからこそ、寅さんと一緒に泣きたい、そして笑いたい」と訴えたそうだ。そして、このシーンが実現したという。
 ラジオ番組の中で「被災地を巡回映画で励まそう」という動きがある、と紹介していたが「男はつらいよ」シリーズ全48作を引っ提げて巡回できないものだろうか。

2011年4月6日水曜日

   連日の晴天に愛車(人力2足動)を駆って箕面・萱野の「椿」と萱野三平邸の「桜」を見に出かけた。何れも満開にはまだ間があるが今年も綺麗な花をつけていた。
 写真の「涓泉亭」というのは、忠臣蔵で有名な「萱野三平」の父で箕面、萱野の地の代官だった萱野重利の屋敷跡に残った長屋門を大阪府から寄贈された箕面市が長屋門の保存、公開とともに、俳諧の世界にもその名を残した三平を偲び、句会やお茶席に活用できるように、同敷地内に建てた施設です。
 「涓泉(けんせい)」は三平の俳号で、彼は48番目の赤穂義士として有名なだけではなく、生前は多くのすぐれた俳句を残した俳人でもありました。
辞世の句「晴ゆくや日ごろ心の花曇り」はわりと有名です。
 保存公開されている長屋門とその一室、この部屋で三平は父と主君の板挟みになり27歳の若さで切腹して果てます。
 私は季節ごと、月に1~2回は訪れますが部屋に飾られた三平の像に「あんたもよう忠義を尽くしたんやなー、ゆっくり休みや」と300年も前の人ではあるが、27歳の若者に声をかけるように慰めています。とくに、この桜の季節は親しみと不憫さが増すように思います。
 「涓泉亭」の近くに私がいつも楽しみにしている「椿」の木が一本あります。細い道路沿いの何でもない場所ですが手入れがいいのか毎年見事な花をつけます。花の多さもさる事ながら、何より咲いている間の花弁の美しさが見事なんです。
 花見の話で、今日のTVで、岩手の酒蔵が「ハナ*サケ・ニッポン」自粛ではなく、岩手の酒で花見をして下さい、とPRしていました。何処かの知事が「花見なんかしている場合か」と云ったそうですが、蔵主は「経済的二次被害」を避けるためにもどうか酒を買って下さい、と訴えていた。私は昨日、福島の「奥の松」を買いました。がんばれ!東北。