暑さには弱いが寒さには強いと自認していた。酷暑から逃れる術は、冷房しかないが、冬の寒さは、重ね着で防げると関電の節電の呼びかけをせせら笑っていたのだが、歳の所為か昨日は胴震いが来て、昼間からエアコンを入れてしまった。あー情けない。
以前、ブログに書いた、「大阪365日事典」の12月18日付けに面白い事が書いてあった。『ぬくもり屋大繁盛』(昭和20年)終戦後初めて迎えた冬、大阪駅付近をねぐらにする連中が寒さをしのぐため何処からか木切れを集めて焚火をしだした。人が寄ってくるのでタダで当たらす手はないと、料金を徴収しだした。これが大当たりして、1時間5円、一晩中なら10円、などと相場まで決めたという。
こんな珍商売、大阪ならではというところか。人は、焚火のゆらぐ火に遠い原始の記憶がよみがえるのか、何故かひきつけられる。
子供の頃、家の風呂は薪で湧かしていた。木の切り株に腰を落とし、煙草を吸いながら風呂を涌かしていた父親の横顔を想い出した。
先週、町内会で餅つきをしました。薪コンロをセットして新聞紙と杉材と薪と斧を渡して私は臼の方のセットに移ったのですがコンロ担当者が「点かない」と嘆いていました。「着火材など邪道である」と怒ったのですが結局着火材を使用しておりました。ああ~。それでも多くの人が火の周りで和んでおりました。
返信削除子供だけでも100名近い参加でしたが、お利口な子供たちは火や斧にも近づかず心配無用でした。この国はほんとうにこれで良いのでしょうか。
隠居所の山には焚き火の材料が「山」(当たり前!)の様にあります。焚き火の炎、煙には何とも言えない「暖かい」(当たり前!)味があると何時も感じています。特にこの時節ホットします。人類誕生の時の深層本能が残っているのでしょうね。
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