2013年9月15日日曜日

日本一パワーある高齢者たち!

12,13日の両日、三重の津市で開かれた「第27回日本高齢者大会」に参加してきた。「ひとりぽっちの高齢者をつくらない」をスローガンに全国から5,300人(2日間延べ)が 集まった。
 2日目の全体集会で、NHKチーフプロデューサー、板垣淑子さんが「老人漂流社会-このまちでくらしたい」と題して、記念講演をした。彼女は、今年1月の「NHKスペシャル」で、一人暮らしの老人が施設と病院を次々と移動せざるを得ない社会の現実を「老人漂流社会」と問題提起した現役プロデューサーである。取材の中で知り合った高齢者の話は会場の涙を誘い、この国の高齢者を取り巻く厳しい現実と問題点を強く問う内容であり、NHKにもこういう制作者がいるのかと思った。
 もう一つ、心に響いたのは、三つの地域からの運動報告であった。福島県の代表は、「復興の最大の妨げになっているのが政府の原発事故終息宣言だ」と発言。新たな汚染水流失問題が起きているにもかかわらず、「再稼働発言、原発の輸出問題」が出てきていることは絶対に許されないと訴えた。沖縄の代表は、「オスプレイの飛行訓練を全国に広げることが沖縄の負担軽減になるとは言えない。現にオスプレイの配備増強が強行されたことがその証拠、拡散することにしかならない」と指摘し、政府のアメリカいいなりの姿勢を糾弾した。最後の山形の代表は、「山形県では高齢者世帯に関連する事件、(老々介護の果ての心中事件や殺人事件)が全国一、という不名誉な報道もあり、県にも働き掛け、県内初の高齢者大会を開き事件根絶を取組んできた。取り組みの結果、事件は無くなってきたが、安倍政権が進める社会保障の切り捨てで、悲劇が再び増加し、全国に広がるのでは、と心配している」と訴えた。
 三つの地域の訴え、報告は安倍政権が進めている「アメリカいいなり」「財界いいなり」の政策が続く限り、日本全国どこにでも起こる、現に起こりつつある問題であることを明らかにした。来賓あいさつで共産党の佐々木衆議院議員は「日本で一番パワーのある集会、高齢者の皆さんは社会変革の先頭に立つ皆さんです」とアピールした。いま日本で一番元気のある高齢者がこの大会で経験したことを全国に持ち帰り、拡散することが何より大事で、そのことは、安倍政権が一番恐れることだと確信した。

2013年9月8日日曜日

選挙の応援テンポは?

堺の市長選挙について友人の住職と大いに語り合ってきた。当日は、もう一つの目的もあって、夕食後、住職の案内で見物しに行った。堺「開口神社」の布団太鼓の宮入である。
 何遍も言っているし、書いてきたが、やはり大阪人には布団太鼓のリズムが合っている。同じ大阪人でも泉州岸和田の「だんじり」の「そーりゃ、そーりゃ」は馴染まない、これは感性の問題だろうが。まぁ、それは人それぞれ。
 当夜は4台の太鼓台が揃って宮入りしたが、やや興奮気味の老人(私の事)がカメラを向け「法被の背中の紋を見せて」くれとか、「担ぎ棒に触わってもいいか」と無理を言ったのだが、若い人たちは快く応じてくれた。というか、本当に礼儀正しい。それと、別の写真には写っているのだが、法被姿の若い娘たちのファッションが変わってきているのに驚いた。法被と白いパッチは変わらずだが、へそ丸出しの胸当ての晒一本である。でもそんな娘たちも、いざ太鼓台の担ぎ出しになると大きな団扇で一生懸命、景気をつける。
 30分ほど見学したが宮入にはまだ少しかかるだろうという事で当夜は堪能して帰宅することにした。で、肝心の堺市長選挙の事だが、ビラを配っているときの市民の反応も悪くない。「ダブルスコア―で勝たんと」と鼻息の荒い友人もいる。ここにきて、橋下・維新は「堺はつぶしません」と大阪市長選挙や、地下鉄民営化の時と同じ嘘を言い始めている。しかし、選挙は分からない、気を緩めた方が負け、というのが鉄則。13日にはもう一度老人たちが宣伝行動に入る。「そーりゃ、そーりゃ」いや違った。でも、選挙の時は少しテンポのあるリズムの方が合っているような気がする。

2013年8月28日水曜日

監視カメラと云うべきでは

私の好きなテレビ番組に「科捜研の女」というのがある。永遠のアイドル沢口靖子が犯罪捜査に活躍するサスペンスドラマである。このドラマで活躍するのが「防犯カメラ」で,犯人の逃走経路や犯人特定のカギを握るという筋立てである。
 そんなドラマがドラマの世界だけでないことを「毎日」の記事で知った。「ホシ追う無数の目」-防犯カメラ最前線という記事だ。ある民間企業の技術者だった人が「民間の技術を捜査に生かす」という求人広告がきっかけて科捜研に転職し試行錯誤しながら防犯カメラの画像分析で成果を挙げる、という内容だった。
 実は私にも「防犯カメラ」について小さな経験がある。何年か前、いつも利用(月極でパスを持っていた)する駅の駐輪場、入り口付近で係員のオジサンが倒れているではないか、驚いて声をかけたが、いびきをかいて反応がない。明らかに脳梗塞か脳出血の症状だ。そのうち何人かの客も集まり、携帯電話で救急車の手配をしてもらい、私は他の係員をさがしたが事務所には誰もいない。中に入って電話で緊急連絡先に連絡しすぐ来てもらうよう依頼した。間もなく救急車が到着し、オジサンは病院に運ばれて行った。
 それから2~3日していつものように駐輪場から出ようとすると、事務所の中から顔なじみのオジサンが出てきて「〇〇さん、この前は有難うございました。お蔭で△△さんも症状は軽く、また現場復帰できそうです、本当に助かりました」と礼を述べた。あの時は私も他の人も救急車が走り出したのを見て、それぞれ駅に向かったハズ、名前も告げていなかったハズ、と思いつつ「え~なんで私やとわかりました?」と聞いてみた。すると顔なじみのオジサンは、「事務所の中の防犯カメラに皆さんの様子が写っていましたので、〇〇さんやとわかったんです」と答えた。「へぇーそうなんですか、軽く済んでよかったですね」と言って帰宅し、夕食時に「こんな事があってん」と話題にして、その時はそれで終わった。その後、毎日のように駐輪場の窓口を通るたびに、事務所の中に防犯カメラがあり、ずーっと監視しているのか、と思うと自分の何気ない行動も誰かに見られているという、何か「もやもや」した気持ちがおこるのを覚えた。
 「毎日」の記事は、犯人逮捕に役立っていることの半面、監視社会への懸念も提示している。ある弁護士は「犯罪者じゃないから(見られても)私には関係ない、と思考停止している」と警告を発している。私の「もやもや」した気持ちが、ここ、にあったのだと記事を読んで理解した。今も防犯カメラの設置は自治体や、街の自治会からの要望で増加しているという。「防犯カメラ」という名前からは犯罪の抑止に資するという役目があり、ここに設置してますよ、と万引き防止に役立っているうちはいいだろう。しかし「防犯」から「監視」という「眼」になった時が怖い。国民総背番号制や監視カメラの増加という制度の行きつく先は、国民の自由と、民主主義が脅かされる社会であろう。もうそろそろ、私たちも「関係ないわー」と思わずに、画一的に「防犯カメラ」という言い方はやめて、「監視カメラ」という言い方もあるという事をはっきりさせるべきではないだろうか。

2013年8月18日日曜日

終戦記念日の頃

今年は酷暑の影響で、毎年恒例の実家での、お盆の集まりは延期になった。今年は秋に父の33回忌の法事があるので、そこに集まれば、という事になった。
 兄弟、子供、従妹らで総勢20数名が集まるわけだから世話をしてくれる高齢の兄夫婦にも配慮しなければならないと思う。で、今年は私一人で墓参りに行き、そのついでに両親や祖母、兄弟の古い写真を整理してみた。
 母親の箪笥の中に残っていた古いアルバムや紙の菓子箱に無造作に入れてあった写真がかなり見つかった。そんな中の一枚がこの写真である。隣ん家のお姉ちゃんと写っているのが私。昭和25,6年ごろ、3~4歳であろうか、左手に持っているのは「ふかし芋」。何枚か同じ頃の写真があったがどの写真にも手に芋を持った私が写っている。好物という訳ではなく、お腹がすけば芋を食べていたように思う。というか、甘いものと云えばそんな物しか無かったのではないだろうか。当時、もう少し大きい子供たちは、八尾飛行場に進駐していた米兵のばら撒くチョコレートに群がったという。校長が「情けない」と泣いたという話も後になって聞いた。
 戦後の物のない時代、河内の我が家の周辺は、半農半工場地帯で祖母は木津や笠置辺りまで買い出しに行った。無事ヤミ米を手に入れた帰りの列車に警官が乗り込んできて、捕まる前に泣く泣く、ヤミ米を汽車の窓から捨てた事などよく話していた。
 写真に戻って、当時の子供は夏は「ランニングシャツに短パン」が正装で私のような小さい子供はパンツ姿で走り回っていたような気がする。また当時の夏は暑いには暑いが、夕立が降り、朝はそこそこ涼しかった。その証拠には、夏休みの宿題を「朝の涼しい内にやっときや!」が母親の決まり文句だった。
 昭和21年生まれの私に当然戦争の記憶はなく、戦後の貧しい生活の記憶も祖母等から聞く位のものだったが、たった一つ強烈に覚えているのが姉が経験した8月15日の出来事、敗戦を知った近所のおばあさんが出刃包丁を持って「残念や~死んだる!て言うて、叫んだはった、怖かった」という話だ。今年は戦後67年、同じ年を生きてきた者にとって殊のほかつらい暑さではあるが秋には「堺」で大事なたたかいがある。まだへたばる訳にはいかないと思っている。
                      残暑お見舞い申し上げます。

2013年8月2日金曜日

ネット選挙元年

私的には、未だ参院選の興奮が冷めない今日この頃だが、31日付の「毎日」が面白い調査結果を報じていた。毎日新聞と立命館大は、参院選で解禁されたインターネット選挙運動(ネット選挙)が当落に与えた影響を分析した。その結果、ネット上の運動量と得票数の間には相関は認められず、ネット選挙は大勢に影響しなかった、と言えるとした。
 確かに「ネット選挙の解禁!」と騒がれた今回の参院選だったが、宣伝不足と「なーんだ、ネットで投票出来ないじゃん!」と白けた若者も多く「影響な」、との評価が一般的のようだ。ただし、改選3議席から8議席に躍進した共産党に限ればツイッターを活用した「ネット効果」がデーターに表れたとしている。どういう事だろう?。
 今回、解禁された「ネット選挙」運動とは、候補者や支援者・団体が「ツイッター」や「ブログ」等に政策や運動の紹介が自由に出来るという事だったと私的には解釈している。発表された分析の基準の一つが候補者の「ツィート」とこれに対する利用者(今回は有権者とする)からの「リツィート」(反応の書き込み)の数である。共産党の当選者の「リツィート」数は、自民党や民主党の候補者の「リツィート」数を大きく上回ったという事である。ただし、自民や民主、諸派の候補者の中にも、「リツィート」を多く得た人もいたが落選組もいて、当落と関連付けるデーターは『共産党』を除き、得られなかったというのが結論のようだが、う~ん、どうも消化不良の結論である。これって数や、量の問題ではなく、「中身」の問題ではないのだろうか。
 長時間残業や、手当なしの時間外勤務に苦しむ非正規の若者がネットで「ブラック企業」と検索すると、これと闘う「日本共産党」がヒットし、一票を入れたという話を聞いた。そんな若者が同じ苦しみを持つ仲間に「ツィート」する、そしてそれが広がっていく、これを拡散というらしいが、他の候補者や政党には若者の悩みに応える「中身」がなく「宣伝」だけの「ネット選挙」に終わってしまったのではないだろうか。国民の願いに真面目に応える政党を選ぶことは「ネット選挙」でも可能であることを示したように思う。そんな「ネット選挙」元年だったのでは。
 しかし、次の選挙までには「共産党だけが得するようなネット選挙はヤメや!」という声が出てきそうな気もするが。

2013年7月24日水曜日

山椒は小粒で、、、

私の愛読書「幻の河内弁」に面白いことが書いてある。日本の政党状況(昭和58年発行の本です)を「うどん」に例えて、河内のおっさんが若いもん(者)に説明している、という図になっている。
うどん-自民党や、うどんなしでどんなうどんも造れんように、自民党なしで日本の国は造れん。
あぶらげ-中道政権のボスや、今のところ公明党というところか。
かまぼこ、ネギ類-各々は多党化時代に似とる。賑やかさを好む国民にしたのは財界の失権や。まあ、どんなうどん食べても、かまぼこがあるよって民社党や。ネギもあるから新自由クラブとゆうとこか。
 この段階までは、うどんの見栄えを良(よう)しているようなもんで、白いうどんのお飾りや。自民党の提灯持ちや、分かるやろ。
汁-これが社会党や、味のないうどんに味付ける訳や。社会党ちゅう奴は、元々可哀想な存在で自民党と伯仲勢力があって当然の党やのに、「うどんは汁によって食べられる」とゆうような発言するさかいに間違いが起きる。
七味-これが問題やねん、共産党や。若いもんは元気がええもんやから、仰山入れよるし、年寄りは刺激がきついと体に悪いとゆうて入れよらん。昔から、青年は改革を志し、中年になって大勢を理解し、老いてまだ志あるものは馬鹿、とゆうてきたもんやけど、こればっかりは、食べる人の味付け加減でどないでもなるよって難儀なこっちゃ。若いもんは承知でやりよるし、病気みたいなもんで、そのうち直る。という事で「うどん」による政治評論を終わるッ。
 あ、そやそや、忘れてた。うどん食べる人は「国民」で、国民は多党化時代の来ることを希望しとらへんで。自民党に云うといたるけど、ゼイタク身に付けさしてから、辛抱せい云うたら、このままゼイタクさせてくれる党ないやろかと思いよる。「国民は、うどんに味付けする汁は求めても、汁を飲むためにうどん求めたりせん」ちゅうこっちゃ。ほなら終わる。
 河内弁を知らない人には分かりにくいし、時代背景も変わっている。そもそも政党に対する認識も著者の個人的なものだが、共産党に求める国民の想い、というものを野次馬的に表現するなら、「山椒は小粒でピリリと辛い」的な表現を使う人は私の周りにも沢山いるし、ややもすると、政界のご意見番や、したり顔のコメンテーターにもこの類の御仁はいる。この本のように、「七味は多すぎたらアカン」と思っている人は多いのかもしれない。
 しかし、時代は激変し、期待された民主党は保守政党に先祖返りし、ならばと創られた「第3極」も結局、自民党の補完勢力であることが明らかになりつつある。どう考えても自民党に正面から対抗するのは「小粒」ながらも共産党しかないのでは、と開票速報を見ながら思った夜だった。

追記ー若い頃は「インスタントラーメン」を前に深夜まで開票速報に見入ったものだが、最近は出口 調査とやらで開票前から当確のテロップが出る始末で、白けて早々と床に就いていたが今回ばかりは、深夜1時過ぎまで見入った。勿論、ラーメンを食べるほどの胃袋はなく、冷たいお茶を飲みながらではあった。

2013年7月7日日曜日

国民平和大行進


 毎年参加している「国民平和大行進」といっても最近は、大阪から兵庫県への最終半日コースである。ところがその半日がキツクなりつつあり今年は、前日の無理がたたり、腰痛発症で断念し、出発集会だけ参加した。私より年上の仲間が府内通し行進をされているのに申し訳ないやら、情けないやら。
 そんな気持ちに被さるように昨日6日、長崎の被爆者、山口仙二さんが亡くなられた。1982年の国連軍縮特別総会に参加し、自らのケロイド写真を掲げ「ノーモアウォー・ノーモアヒバクシャ」と国際社会に訴えた。その山口さんと同じく、長崎で被爆体験をした労働組合の大先輩のF氏が「原爆、平和、わが長崎」というDVDを最近出版(どう言ったいいのか分からないので)され、退職者の会を通じて頂いた。現役時代、生で聞いた話や、これまで知らなかった当時の生々しい話が視聴出来て、あらためて原爆、核兵器のむごたらしさを実感した。
 そんな感慨に浸っているとき、明日、8日に「原発新規制基準」が施行されることになり、関電をはじめ全国で10ヶ所の原発が再稼働の申請をするらしい。福島第1原発の事故原因の真相解明や、原子炉の廃炉にいたる処理方法も定かでないこの時期に!再稼働申請するとは、
そこにあるのは、儲け第一主義の大企業の心底しか見えない。
 また、その新基準というものの中身を見て心底驚いた。
まず、過酷事故を想定してフィルターがついた ベントを設置すること。つまり、外部への放射能の拡散を抑え、原子炉内の圧を下げる装置の義務付け、そして、全電源喪失に備え、外部電源の確保、電源車の配備、津波対策、なぜ今までそういう義務付けがなかったのか?そもそも、過酷事故を想定していなかったからである。いったい何が最高水準の安全対策だったのか?まさに、安全神話である。今度の新規制基準が「新しい安全神話」にならないように厳しい目を国民は持たなければならないだろう。その審判が間近に迫っている。正しい一票を!

おまけにもならないだろうが我が家の今年のグリーンカーテン、横への伸ばしがうまくいかずスカスカである。