毎月21日の四天王寺門前での宣伝行動の帰り道、立ち寄る「たこ焼き」屋さんがある。普段は夜からの営業の様であるが、お大師さんの日は、昼間もやっている。店に入ると、店主は、決まって「今から焼きますので10分から15分かかりますが、いいですか」と丁寧に聞いてくる、こっちは、宣伝も終わり、特に用事も無いので「あぁ、いいよ」と答える。
焼きあがるまでの時間、必ずと言っていいほど、2~3組の客が入ってくる。店主が、同じように、時間がかかることを告げると、大抵の客は「え~っ、ほな、焼きあがった頃に来るわ」と言う。と、店主は「うちは、注文を受けてから焼きますので、つくり置きはしまへんので」と答える。これで大抵の客は、帰ってしまう。
いつもの事だが、お大師さんにお参りに来る客だから、そんなに忙しい用事があるようにも思われない、店に入り、ゆっくり待っても、15分ほどで、とびきり美味しい、アツアツのたこ焼きが食べれるのにと、いつも思いつつ、冷たいビールと「たこ焼き」を食べて帰る。 『ごっつとーさん』
【写真は西成区、玉出の「会津屋」のたこ焼き、これも美味しおす。】
2011年12月21日水曜日
2011年12月18日日曜日
暑さには弱いが寒さには強いと自認していた。酷暑から逃れる術は、冷房しかないが、冬の寒さは、重ね着で防げると関電の節電の呼びかけをせせら笑っていたのだが、歳の所為か昨日は胴震いが来て、昼間からエアコンを入れてしまった。あー情けない。以前、ブログに書いた、「大阪365日事典」の12月18日付けに面白い事が書いてあった。『ぬくもり屋大繁盛』(昭和20年)終戦後初めて迎えた冬、大阪駅付近をねぐらにする連中が寒さをしのぐため何処からか木切れを集めて焚火をしだした。人が寄ってくるのでタダで当たらす手はないと、料金を徴収しだした。これが大当たりして、1時間5円、一晩中なら10円、などと相場まで決めたという。
こんな珍商売、大阪ならではというところか。人は、焚火のゆらぐ火に遠い原始の記憶がよみがえるのか、何故かひきつけられる。
子供の頃、家の風呂は薪で湧かしていた。木の切り株に腰を落とし、煙草を吸いながら風呂を涌かしていた父親の横顔を想い出した。
2011年12月8日木曜日
根来塗
近年、「根来塗」のブームもあり、紀州漆器全体が、伝統工芸として
育成されているという事だ。根来塗りは、生活什器と云う事もあり、芸術品ではなく、強度を出すため、下地に黒漆を塗り、その上に朱漆を塗ったもの、使っていく内に下地の黒漆が出て、この使い古し感が茶人に好まれたそうである。
三枚あったが、一番状態のよさそうな物を求めた。「江戸はあると思います」【この”ある”という表現は、江戸時代のもの、という意味である。】と言う誠実そうな店主の言葉に、4千円を出すと、「気持ちです」と云って100円をオマケしてくれた。
四天王寺の帰り道に「河藤」という古い和菓子屋があり、「割氷」というお菓子がある。寒天で出来ているが、見た目はカチわり氷のようで堅そうであるが噛むとゼリーのように柔らかい。夏になったら皿の上に水を垂らし、誰かを驚かせてみよう。
2011年12月3日土曜日
手近に錦秋
2011年11月20日日曜日
今年のヌーボワイン
ものの本によれば、元々ヌーボワインと云うモノは、生産者がその年のブドウの出来をチエックし、業者に試してもらう為のもので、仕込から出来上がる過程が通常のワインとは違う、だから基本的にはヌーボは、いくら寝かせても良いワインには成らない、年明けごろまでに飲みきってしまうのがベスト、ということのようだ。だから我が家ではいつも6本しか買わない。
年々、高額になっていく請求書を片手に「これも祭りのようなもの、まぁ~いいか!」。
せめて27日の前祝い(いワイン)になるように、(苦しい~)。
2011年11月14日月曜日
2011年11月11日金曜日
「政治は独裁」、「教育は強制」、「文化は不用」と言ってはばからない人物とその手下どもに、この大阪を「いい様に」させてはならんと思う。
今晩、黒田革新府政を誕生させた当時の先輩や仲間が集まった。革新府政の灯が消えて30数年、大阪の経済、文化の衰退と自らの後半生は軌を一にする。老いた体に今一度鞭を入れ、将来世代の為にがんばろうと誓い合った。
友人がいいキャッチコピーを考えてくれた。
「梅田行きの切符を買って、安全、安心、優しさの大阪へ」
いいではないか!多いに広めていこう!
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