2013年1月12日土曜日
ならぬものはならぬ!
今年の大河ドラマは「八重の桜」、幕末の會津に咲いた「ハンサム・ウーマン」というキャッチフレーズで新島八重の生涯を描く。第1回放送も好調な滑り出しだったらしい。維新の後、新島襄と結婚し、明治の世に悪妻と陰口を叩かれながらもウーマンパワーを発揮していくという筋書きだそうだ。その八重のドラマの中での決めセリフが「ならぬものはならぬのです」、カッコいいです。元々この言葉は、会津の武士の子供たちの中での「掟」がいくつかあり、仲間内でその掟を輪唱し、最後に「ならぬものはならぬのです」と締めくくったらしい。子供の頃からそういう絶対的な掟を守る教育が貫かれた事がいわゆる【会津魂】を培ったとある。その掟も「嘘をつくな」とか「弱い者をいじめない」とか可愛いものである。外で女人と口をきくな、等というモノもあったらしいが、まーこれからの展開が楽しみである。
で、写真は今年最初の「関電抗議行動」での友のプラスターである。見事!の一言、脱帽である。ドラマの舞台は会津-そう福島である。国民を騙し、裏切り、またもや再稼働や、新規増設までたくらむ輩に国民全体で「ならぬものはならぬのです!」と声をあげていこう!今年はこれで決まり。
2013年1月8日火曜日
レトロ、昭和家電の世界
昨年の暮れから開催されていた「マスダさんちの昭和レトロ家電」展を見に行った。会場は私のお気に入りの天六にある大阪市立「大阪くらしの今昔館」以前にも書いたかもしれないが近世・江戸時代と昭和時代の大阪の町が再現されているミュージアムである。ここで、テレビなどで最近話題になっている「昭和家電」大好き人間・増田健一さんのコレクションが大展示されている。昭和を生きてきた我々にとっては、これもまた涙ものの企画展だ。日曜日という事もあって、運よく増田さんがコレクションの説明をしてくれているところだった。彼の柔らかい話しぶりが大好きで(別に芸人さんでも、タレントでもないが)生の説明が聞けただけでも800円の値打ちはあった。展示の昭和レトロ家電の説明は直に見に行っていただいた方がイイと思うので省略するが、昭和レトロ家電の魅力の一つは、当時庶民のあこがれであった三種の神器だけではなく「エッこれ何するもん?」というチープな家電にある。その製作メーカーの代表が「早川電気」今のシャープである。さまざまな家電製品をいち早く製品化し、世に送り出したメーカーである。つい最近まで、液晶TVでは「世界の亀山モデル」ともてはやされたが、いまは韓国、東南アジアのライバルに追い落とされつつある。昭和世代としては、がんばれ!シャープ、と応援したい。
2013年1月1日火曜日
初夢・七福神
| 嫁はんの作った七福神です。後ろは製作途中の12神将 |
息子が帰省してきて不景気でボーナスは基本給だけ、と嘆いていた。「仕事が見つからん人もいるんやで」と言ってはみたが、今年アベノミクスとやらで果たしてデフレ脱却はあるのか?いやいや、一時的に株価が上がって、一部の人だけが儲けて、一般国民の所得には還元されず、なんて図式は、過去にも体験したはず、ユメユメ信ずるなかれ!
そこで皆さんには、七福神をお届けします。宝船は間に合いませんでしたが、しっかりと目に焼き付けて今晩の枕の下に「念写」して初夢をご覧下さい。御利益のほどは保証しかねますが。
2012年12月31日月曜日
来年に懸ける!
師走選挙で忙しかった今年もあと2日で暮れようとしている。「大阪三六五日事典」に面白い事が書いてある。
【空前の棄権・昭和4年12月30日】この選挙の投票率はなんと18%だった。こんな背景があったらしい。これより前の総選挙で大阪第4区から出て当選した某代議士が選挙違反で有罪となり、当然次点の者が繰り上げとなる処、死亡欠員が出ていたために二人目の繰り上げはきかない。仕方なく再選挙となってしまった。投票日が暮れのギリギリ30日、更に拍子の悪い事に不景気風の真っ只中と悪条件が重なり「選挙どころやおまへん」と驚きの投票率となってしまったと云う事らしい。
そして今回の総選挙の投票率が戦後最低の59,32%であった。選挙前には、東日本大震災後の復興をどうするか、原発再稼働問題、そして消費税の増税について国民の信を問うと解散した挙句の選挙だったはず。しかし選挙期間中の自民党のフレーズは「ニッポンを取り戻す」だった。
そして自民党の圧勝!選挙中、あれだけ「政権の枠組み」と「議席予想」に血道をあげ誘導報道をしてきた大手マスメディアの責任は大きい。何も支持した政党が後退したから言っているのではない。そもそも自民党は今回の総選挙で4割の得票で8割の議席を得た。言わずと知れた小選挙区制のおかげである。この小選挙区制成立に手を貸したのが大手新聞社であった事は周知の事実(第8次選挙制度審議会メンバーだったが自らは報道しないだけ)である。
原発再稼働反対!消費税増税反対!全沖縄米軍基地撤去!等々多くの国民の民意を葬り、その上に膨大な「死票の山」を築き上げ、成立した「自公」内閣に未来はないと思う、いや国民がそれを許さないだろう。来年に懸けたい!皆さんよいお年を。
【空前の棄権・昭和4年12月30日】この選挙の投票率はなんと18%だった。こんな背景があったらしい。これより前の総選挙で大阪第4区から出て当選した某代議士が選挙違反で有罪となり、当然次点の者が繰り上げとなる処、死亡欠員が出ていたために二人目の繰り上げはきかない。仕方なく再選挙となってしまった。投票日が暮れのギリギリ30日、更に拍子の悪い事に不景気風の真っ只中と悪条件が重なり「選挙どころやおまへん」と驚きの投票率となってしまったと云う事らしい。
そして今回の総選挙の投票率が戦後最低の59,32%であった。選挙前には、東日本大震災後の復興をどうするか、原発再稼働問題、そして消費税の増税について国民の信を問うと解散した挙句の選挙だったはず。しかし選挙期間中の自民党のフレーズは「ニッポンを取り戻す」だった。
そして自民党の圧勝!選挙中、あれだけ「政権の枠組み」と「議席予想」に血道をあげ誘導報道をしてきた大手マスメディアの責任は大きい。何も支持した政党が後退したから言っているのではない。そもそも自民党は今回の総選挙で4割の得票で8割の議席を得た。言わずと知れた小選挙区制のおかげである。この小選挙区制成立に手を貸したのが大手新聞社であった事は周知の事実(第8次選挙制度審議会メンバーだったが自らは報道しないだけ)である。
原発再稼働反対!消費税増税反対!全沖縄米軍基地撤去!等々多くの国民の民意を葬り、その上に膨大な「死票の山」を築き上げ、成立した「自公」内閣に未来はないと思う、いや国民がそれを許さないだろう。来年に懸けたい!皆さんよいお年を。
2012年12月29日土曜日
イヨッ、「成駒屋」!
東京の歌舞伎役者(今は俳優と呼ぶが)十八代目中村勘三郎が57歳という若さで亡くなり、お別れの会が盛大に行われたとテレビのワイドショーが報じていた。画面では、ご遺族が遺骨を胸に思い出の浅草を訪れると、「三社の神輿」が出迎えた。江戸っ子というのは、粋(関東ではイキ、関西では″すい″と呼ぶ)な事をするもんだ。私は勘三郎の舞台を直に観たことはないがニューヨーク公園や平成中村座など歌舞伎の人気を大いに高めた人である。これから、という時にあの世に旅立った。父である十七世勘三郎から引き継いだ「俊寛」はぜひ観たかったが。
歌舞伎と云えば私の先輩の息子さんが中村雁治郎(現・坂田藤十郎)門下の弟子になられ、、毎年夏の国立文楽劇場での公演を何回か観に行った事がある。若手の勉強会という事もあって、気楽に観賞できる良い会であった。その関西(上方)歌舞伎も文楽と同様、長らく低迷を続けてきた。私見ながら「松竹」という会社の経営姿勢に問題があった様に思うが、それは別にして上方歌舞伎は江戸歌舞伎の「荒事」に対し「和事」という柔らかな所作事が特徴の芸である。その代表が一連の近松の「心中物」ではないだろうか。中でも、初代・雁治郎の「心中天の網島」の「紙治」-紙屋治兵衛は当たり役であったらしい。
その芸は、二代目、そして当代、藤十郎に引き継がれていく。写真の「紙治」は初代か二代目かは分からないがいわゆるブロマイドとして売られていたものだろう。人気の高さがわかる。
その関西歌舞伎も戦後、低迷を続け、有望な役者は関東に移り、二代目雁治郎も息子の扇雀とともに上方歌舞伎を去り、映画やテレビに活躍の場を見つけた。旅役者を描いた「浮草」や「鍵」などの谷崎文学作品にはなくてはならない俳優となった。晩年、東京歌舞伎に加わり、上方歌舞伎の和事芸を魅せて人間国宝にもなったが遂に上方には帰ってこなかった。同様に大映のスターとなった市川雷蔵も関西歌舞伎から映画界に転進した一人である。映画での活躍に松竹は大いに慌てたと云うが脇役役者の子としか見なかった会社の俳優育成の拙さがもたらした結果だった。市川雷蔵についてはもっと書きたい事があるのだがまた別の機会に。
さて、上方芸能の代表である文楽と歌舞伎であるが、文楽は「誰かさん」に貶されようが、東京公演はあるものの、何といっても関西、浪花の文化である。国立文楽劇場を拠点に頑張って復活の兆しも見え始めている。しかし、上方歌舞伎は残念ながら大阪の地での一本興行は難しいようだ。その原因は、大阪に歌舞伎専門の劇場が無い事ではないかと私は思う。関東での歌舞伎の今日の隆盛の一因は「歌舞伎座」という専用劇場があってのものではないだろうか。大阪にも昔、「新歌舞伎座」という名の劇場はあった。こけら落とし公演だけは歌舞伎を公演したが、経営者側は歌舞伎専用とは考えていなかったようで、その後は、杉良太郎座長公演など歌舞伎以外での公演のみとなり遂には閉館となってしまった。辛うじて「大阪松竹座」が年数回の歌舞伎公演を行っているが、、、。身近な例として、「天満天神繁盛亭」の成功がある。上方落語四天王の奮闘で今日の復活を遂げた上方落語界だが、これまで、所謂「落語専門の定席」が無かった。繁盛亭の成功で復活なった上方落語の定着が見られるという。歌舞伎の場合、その舞台装置や関係者数など、そう簡単に劇場が見つかる訳ではないだろうが、坂田藤十郎、片岡仁左衛門という名優が健在な内に、再びの隆盛を願うものである。
「頬かむりの中に日本一の顔」
初代・中村雁治郎の「紙治」を評して大阪の川柳作家・岸本水府が詠んだ句である。
歌舞伎と云えば私の先輩の息子さんが中村雁治郎(現・坂田藤十郎)門下の弟子になられ、、毎年夏の国立文楽劇場での公演を何回か観に行った事がある。若手の勉強会という事もあって、気楽に観賞できる良い会であった。その関西(上方)歌舞伎も文楽と同様、長らく低迷を続けてきた。私見ながら「松竹」という会社の経営姿勢に問題があった様に思うが、それは別にして上方歌舞伎は江戸歌舞伎の「荒事」に対し「和事」という柔らかな所作事が特徴の芸である。その代表が一連の近松の「心中物」ではないだろうか。中でも、初代・雁治郎の「心中天の網島」の「紙治」-紙屋治兵衛は当たり役であったらしい。
その芸は、二代目、そして当代、藤十郎に引き継がれていく。写真の「紙治」は初代か二代目かは分からないがいわゆるブロマイドとして売られていたものだろう。人気の高さがわかる。
その関西歌舞伎も戦後、低迷を続け、有望な役者は関東に移り、二代目雁治郎も息子の扇雀とともに上方歌舞伎を去り、映画やテレビに活躍の場を見つけた。旅役者を描いた「浮草」や「鍵」などの谷崎文学作品にはなくてはならない俳優となった。晩年、東京歌舞伎に加わり、上方歌舞伎の和事芸を魅せて人間国宝にもなったが遂に上方には帰ってこなかった。同様に大映のスターとなった市川雷蔵も関西歌舞伎から映画界に転進した一人である。映画での活躍に松竹は大いに慌てたと云うが脇役役者の子としか見なかった会社の俳優育成の拙さがもたらした結果だった。市川雷蔵についてはもっと書きたい事があるのだがまた別の機会に。
さて、上方芸能の代表である文楽と歌舞伎であるが、文楽は「誰かさん」に貶されようが、東京公演はあるものの、何といっても関西、浪花の文化である。国立文楽劇場を拠点に頑張って復活の兆しも見え始めている。しかし、上方歌舞伎は残念ながら大阪の地での一本興行は難しいようだ。その原因は、大阪に歌舞伎専門の劇場が無い事ではないかと私は思う。関東での歌舞伎の今日の隆盛の一因は「歌舞伎座」という専用劇場があってのものではないだろうか。大阪にも昔、「新歌舞伎座」という名の劇場はあった。こけら落とし公演だけは歌舞伎を公演したが、経営者側は歌舞伎専用とは考えていなかったようで、その後は、杉良太郎座長公演など歌舞伎以外での公演のみとなり遂には閉館となってしまった。辛うじて「大阪松竹座」が年数回の歌舞伎公演を行っているが、、、。身近な例として、「天満天神繁盛亭」の成功がある。上方落語四天王の奮闘で今日の復活を遂げた上方落語界だが、これまで、所謂「落語専門の定席」が無かった。繁盛亭の成功で復活なった上方落語の定着が見られるという。歌舞伎の場合、その舞台装置や関係者数など、そう簡単に劇場が見つかる訳ではないだろうが、坂田藤十郎、片岡仁左衛門という名優が健在な内に、再びの隆盛を願うものである。
「頬かむりの中に日本一の顔」
初代・中村雁治郎の「紙治」を評して大阪の川柳作家・岸本水府が詠んだ句である。
2012年12月10日月曜日
冬の星座
![]() |
| 冬の大三角 |
そんな「冬の星座」だが、中学生の終わり頃、兄の影響で「C&W](カントリーウェスタンソング)が好きになり、ドーナツ盤(レコードの一種です)で聞いた曲に「モリーダーリン」という曲があり、そのメロディーが「冬の星座」そのものだったので驚いた。原曲は題名通り、モリーという女性に「僕以外の男を愛さないでくれ」と切々と歌う「ラブソング」である。小学生が直立不動で歌う歌ではないように思うが、それ以来、私の「C&W」好きは今も続いている。
先日も堺の老舗甘納豆屋に言った時の事。和菓子屋さんには似合わない「C&W」が流れている。店の女性に訊くと「私、大好きなんです。嫁いできて最初は遠慮してたんですが、最近は(厚かましくなって)店に立っている間はずーっと流しています」と、すっかり話が弾んだ。「C&W」の話になるときりがないので、「冬の星座」に戻す。この難解な歌詞も現代の文明の利器、インターネットで探せば解説付きで出てくる。訳詞者は堀内敬三氏、この人はのど飴で有名な「浅田飴」の創業者の子息だそうです。アメリカ留学の際、音楽と出合い、さまざまな楽譜を持ち帰り、すぐれた訳詞を手がけた。有名なドボルザークの「新世界」の第2楽章「遠き山に日は落ちて」も氏の訳詞、というよりも見事な作詞と言える作品です。「今日のわざをなし終えて」や「いざや楽しきまどいせん」などのくだりは、キャンプファイヤーの定番で、いまでもスラスラと出てくる。
ここ数日、見事に冴えた冬空が広がっている。今月12日ごろには「ふたご座流星群」が見れるらしい。そして16日には、我々の「ひとつ星」が光り輝きますように。
![]() |
| 「モリーダーリン」を歌ったエディーアーノルド |
登録:
投稿 (Atom)


