現役時代は昼ご飯、NHK番組風に云うなら「サラメシ」が楽しみだった。職場の近所の松屋町(大阪では”まっちゃまち”と発音する)で中古の自転車を買い、ウメダあたりまでペダルを踏んでグルメ本に載った名店のランチを食べて廻った。ただし、いくら高くても1000円以下、喫茶店のランチは食べない、というのが私の「サラメシ道」であった。 そんな名店のひとつに「コタニ」という洋食屋があった。
地下鉄堺筋本町駅の改札を出たすぐの処にあり、付近のサラリーマンやOLでいつも満員だった。入り口で並んで待っていると元気のいいママさんが先に注文を聞きに来る。店の中はカウンター席とテーブル席とで30人ぐらいの感じのいいスペースだった。
「コタニ」の看板メニューは「オムジャーマン」だ。オムライスをグラタン皿に入れ、上からブラウンソース(店ではジャーマンソースと呼んでいた)をかけ回し、オーブンでぐつぐつと焼きあげ、アツアツを食べさせる。中身のチキンライスがシンプルな味なので濃厚なソースと絡み合ってとても旨かったが、私がいつも注文するのは「オムコロ」だった。「オムコロ」はオムライスの横に小ぶりのクリームコロッケが二つ付いて、ジャーマンソースではなくトマトソース(ケチャップソースではない)がかけられてあった。いつもこれを頼むものだからママさんは「たまには他のものを頼んだら」と笑いながら注文を取ってくれていた。キッチンの中のコックさんも若いがベテランで、私はいつもカウンター越しに彼の熟練の技をセットのスープを飲みながら眺めるのが好きだった。チキンライスを卵でくるむ段になると彼の神業が見れる。ケチャップの空き缶に入った溶き卵をフライパンに流し込み、すぐさま余った溶き卵を空き缶に戻し入れる。そして用意してあったチキンライスを使い込んだ杓文字で卵の上にのせ、フライパンをほんの2~3回あおるだけ、その間、わずか20秒足らずである。
私は思うのであるがオムライスの卵の厚さは、薄い方がいいと思う。油でベトベトした厚手の卵のオムライスは好まない。ましてやタンポポオムライス(映画『タンポポ』に登場した)のように半熟オムレツを上に乗せるオムライスは邪道だと思う。スプーンを軽く乗せると皮がはじけて破れるぐらいの薄さがいい。そんなオムコロを月に2~3回は自転車に乗って食べに行っていた。
退職してからも何回か嫁はんと食べに行ったがランチタイムを少し外していったこともあるがマスターが店の入り口の丸椅子に腰かけ文庫本を読んでいた。腰が悪いとは聞いていたが何となく元気がなく、今度来るときは嫁はん手作りのブックカバーを進呈しようと思い、何か月か過ぎた頃、久々に行くと、店の外観はそのままだが、マスターもママさんもいない。店の名前を確かめたら変わっていた。メニューに「オムコロ」もない。仕方なく、オムジャーマンを食べ、キッチンにいたおじさんに聞くと「前のコタニさんから『店やらないか』と云われ跡を継いだ」という事だった。その後店はもう一回変わった。店の外のメニュー写真の「オムジャーマン」は最早コタニのそれではなかった。私も退職して10年、サラメシとも縁遠くなり、店の様変わりに文句を言える資格は無くなった。元の職場の後輩に聞いた「サラメシ事情」も大きく変化している。昼休憩が短縮され、外に食べに出る余裕もなく、職場の周りに売りに来る街頭スタンドの弁当屋の弁当かコンビニ弁当を買って簡単に済ませているとか。昔のように「コタニ」の数々のメニューに心ときめき、コックがあおるフライパンの中で踊るチキンライスの神業に見とれる、そんな楽しい「サラメシタイム」は望めないのか。誰が作ったか分からない弁当を職場の机の上で黙々と食べ、残った時間を昼寝に費やす、そんな職場に未来はないように思うが少し飛躍しすぎたかな、反省。
オムライスの卵については100%同意します。
返信削除そしてこの記事は、流行りのサラメシをキーワードに歪んだ労働環境を静かに告発していて、素晴らしいエッセイです。活字媒体に転載されることをお勧めします。
若い頃一緒に釣行した時のことを思い出しました。あの頃は出されたおかずをよく残していて頂戴したものです、それがいつの間にかグルメだとか美食家と言われる様になっていたことに驚き、「昔はこんなんやったのに変われば変わるもんやなー」と話したことを!聞いたかも知れませんが覚えてないので改めて聞きます、グルメになられたきっかけは?
返信削除話は変わりますが、「パギやんの本はよみましたか?あの本に環状線の各駅に彼が人には教えたくない、美味しいお店」と紹介していましたが行ったことはありますか?機会があれば一緒したいと思います、誘いを待っています。
そうでしたね、三重の釣行の帰り、松阪駅で買った「牛肉弁当」事件を思い出します。私は別にグルメ、食通とは思っていません、が、自転車で後輩を引き連れランチに走る後ろ姿に「執念を感じます」と云われたことがあります。それもこれも、終戦直後生まれの子供一般の飢餓体験が有るのかもしれません。
返信削除梅雨の晴れ間、雨に似合う紫陽花が、元気なくしおれ気味です
返信削除極端な雨の降り方で、騒がれている地球の異変を何となく感じています
今週末から、八ヶ岳登山です、赤岳山頂近くの痩せた尾根の岩の傾斜に咲く
ツクモグサ(八ヶ岳だけに生息する固有の高山植物)
梅雨の時期に、背丈10㎝に満たない小さな花で、身を守る為に
産毛を纏い清楚に咲いてます
4年前に出会い、また見たいと残雪の尾根に夢が膨らみます
私ごとはおいといて、、、
私にも勤務時代のお昼ご飯に想い出が有ります
工場の隣棟が独身寮だったので、昼食は、一般社員の利用が可能で
おばちゃん2人が、大鍋で作ってくれるカレーの味が忘れられないです
今の社員食堂のように、選べるメニューは無く、日替わりでは有るけれど
たったの一品メニューでしたが、何を食べても美味しかった(●^o^●)
私は2年しか勤務の経験は無いのですが、その工場も今ではマンションに成っていて
昔を偲ぶ物は何もないようです
時の流れで変化する風景に、もの悲しさばかりを感じていては駄目ですね~~
でも淋しいなぁ~~
岳美さん、楽しい登山になるように!産毛があるという事はエーデルワイスのような花でしょうか?Googleで検索すればすぐに出るでしょうが帰られてからブログにアップされるまで見ずに我慢しておきます。
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