2018年12月23日日曜日

ようお詣り

 
 今年もあと1週間となり一昨日は冬至、21日は今年最後の四天王寺前の宣伝行動だった。
 終い弘法のわりには人出は少し少なかったが暖かい陽ざしがあって気持ちよく行動できた。
 ビラを受け取り、署名にも応じてくれたご高齢の夫人は「ご苦労様です」と丁寧にお辞儀をして一心寺へ向かわれた。「ご協力ありがとうございました」と頭を下げ見送る。
 でも中には、「わしら国民年金で5万円しかない、あいつ等、(生活保護受給者の事である)わしらより貰とる、あんなん何とかせい!」と捲し立てて行く人もいる。
「そうですよね~少ないですよね~生活保護の方を削るより、最低保障年金制度を作らなあかんですよね、」と話そうとするのだが、そういう方に限って最後まで聞いてくれない、捲し立ててスタスタと一心寺の方へ。
 まあ、溜まる不満をぶちまける場になっているのだろうとこの方にも頭を下げ見送る。
 
 毎月の21日、弘法さんの日に年金者組合など大阪の高齢者運動団体が10年以上取り組んでいる宣伝署名活動、継続は力なり。


2018年12月1日土曜日

懐かしの「歌声喫茶」は?

 昨晩は所属している退職者会の総会で、これで年内最後の大仕事が終わった。
 これまでの総会は総会と懇親会の間に「文化行事」として沖縄の三線や狂言、南米フォルクローレなど多彩な催しを企画してきたが昨年は趣向を凝らしすぎて各会の交流懇親の時間が少ないとブーイングが出た。そこで今年は総会と懇親会のシンプルなスタイルにしようとしたのだが直前になって、文化行事のない総会はつまらん、とクレームがついた。
 1週間前という短期間で出来ることは何か、色々考えたが突然ひらめいたのが昔よく行った「歌声喫茶」、これを出前してもらえないだろうか?という都合のいい企画だった。
 退職者会の元歌声のリーダーだったKさんに紹介してもらった方に頼むと当日は予定がありダメ、という返事だったが心当たりの方がいるので聞いてみましょうという事になり、当日お二人の女性が来てくれた。
 「歌声喫茶」そのものをご存知かどうかも分からなかったが写真のとおり歌唱指導も含め大いに盛り上げていただいた。(この写真はスタート直後でまだ温まっていないが)
 時間オーバーの熱演で「アンコール!」の声までかかり、大盛会の内にお開きとなったが途中、認知症予防体操が入ったりしてかっての闘士も平均70歳を超えなにやらデイサービスセンターの歌声リハビリの感も、でもその熱演に一同感謝の拍手を送った。

2018年10月29日月曜日

幕引きは絶対許さん!その2

 今朝の「毎日」の”風知草〟(特別編集委員・山田さんのコラム)で財務局OBがテレビ朝日の「報道ステーション」の取材に応じ出演し、麻生財務相の留任を批判したことについて書かれていた。
 「私も見たが、一同の気負わぬ言葉の力強さに思わず引き込まれた。」「その迫力は、政治家はなぜ責任をとらぬーというちまたの不信を呼び覚ましたに違いない」と。
 この放送は私も見たが9月にテレビ東京の「WBS」(前回、このブログ-幕引きは許さんで取り上げた番組)で放送された内容に比べ短い枠の中に2回もCMが入り、正直言って、かなり迫力に欠けた内容だった様に思う。
 とは言え9月のテレビ東京の勇気ある報道以降、徐々にこの勇気あるOB達の行動を追報道するマスコミも出てきている。
 今回、風知草で山田さんが紹介しているOBの声、「麻生大臣がね、あんな態度でね、ずっと大臣であり続ける。自殺した職員を知っている周りの人とか、近財の職員、管財部の職員にとってみたら、本当に耐えられないと思う。」、、、このOBの声を留任した麻生財務相に対し「近畿財務局OBの怒りに耳澄ますべし。」と批判を込めて述べている。
 24日から開会した臨時国会で日本共産党は必ず森友問題の追求を再開するだろう、25日には野党合同で財務局OBへのヒアリング(非公開)も行われた。
 幕引きは絶対許さないたたかいは続いている。

2018年9月26日水曜日

幕引きは絶対許さん!

 
 昨晩、テレビ大阪(テレビ東京制作)で放送されたWBS(ワールドビジネスサテライト)のコーナー「独自取材・森友問題公文書改ざん財務局OBが決意の告白」は見ごたえがあった。
 
 番組の最初に財務本省の圧力で公文書改ざんをさせられ、苦悩の末に自死した近畿財務局職員の父親を取材した映像が流れ正義感の強い自慢の息子が何故、死ななければならなかったかと、悔しい思いを打ち明ける場面には胸が締め付けられる思いがした。
 その後、インタビューに応える財務局OB6人の方々が実名、モザイクなしで写され「国会が閉会したら皆さん関心持たなくなってくる。そうならないためにも取材に応じました」と述べられていた。
 登場したOBの何人かは顔なじみの人たちで、こもごも自死した仲間への思いや文書改ざんの真相は何かなど語っておられたがそれぞれ現場で身をもって経験したから言えること等を語られ非常に迫力があった。
 最後にOBの一人が「今後は恐らく文書改ざんはしないと思う。しかし作るときの公文書そのものがうその公文書を作ることになるでしょう」と語っていたのは意味の深い言葉だった。
 
 政府は財務省の決裁文書改ざん問題などを受けて7月に公文書の改ざんの防止策を決めた。しかし、その直後の8月には経産省で、「政治家ら省内外の人物と折衝した際に作成する公文書について『議事録のように個別の発言まで記録する必要はない』などと記載した経済産業省の内部文書を毎日新聞が入手、文書は複数の会議で使用され、出席した職員は『誰が何と言ったか分からないよう、議事録を残してはいけないと指示を受けた』と証言した。森友・加計学園の問題などを受け改正された行政文書の管理に関するガイドラインは打ち合わせの際、記録を作成するよう定めているが、骨抜きにしかねない実態が判明した。」と報じている。
 正にOBの方が言ったとおりの事が行われようとしているではないか。
 
 森友問題などなかったかのように憲法改悪に前のめりになっている安倍首相や、これっぽっちも責任を感じていない麻生財務相の顔を見ていると冷静に語れない、書けない自分が情けない。
 しかし絶対に忘れてはならない、幕引きは絶対にさせないと、固く心に誓っている。


2018年9月21日金曜日

あらためて「備えあれば患いなし」

 今朝の「毎日」に「保険支払額『阪神』超える」という小さい記事が載っていた。
 「大阪北部地震」での保険金支払額が「阪神大震災」の時の支払い額、783億円を上回る866億円だったと損保協会が発表したということだ。阪神大震災以来、地震保険の加入率が増えたという事もあるらしい。
 今回の台風21号の被害についての損害請求額はまだわからないらしいが大阪府下全域に及ぶ被害状況から「大阪北部地震」より増えることは間違いないだろう。
 幸い我が家は北部地震も台風21号も経済的な被害は殆ど無かったが停電と断水には本当に困った。
 1日目の夜から義父宅に避難していたがそれまでのあいだ、情報が全く入らなかった。その時思いだしたのが写真の二つのアイテムだ。四天王寺の骨董市で買った「ポケトラ」(昔懐かしいポケットトランジスターラジオ~確か500円ほどだった)とキャンドルデモの時、長谷やんから貰った「ミ二ランタン」だ。5cmほどのモノだがLEDで結構役立った。
 阪神大震災の後、防災グッズなど一応は備えていたがどこに置いたのかも忘れていたというお粗末。あらためて準備しようと思っている。

2018年9月17日月曜日

風評被害と云うけれど


 台風21号にやられたベランダのグリーンカーテンと鳩除けネットの片づけを終えた。連日続いた猛暑を理由に地震で崩れた本棚の本や書類の山の片付けを先延ばしにしていたが猛暑が少し収まったのを機にやっと手を付け始めた頃だったので気力のある内にと済ませた。
 
 それにしても今回の台風21号の威力は凄かった。ベランダには吹きつけるというより巻き上げるような風が窓ガラスをしなわせ、久しぶりに恐怖を感じた。「これは大丈夫だろう」と高を括って室内に仕舞わなかった蘇鉄の鉢(約7~8キロ)が横倒しになってぐるぐる廻っていた。
 かって我々世代が経験した「第二室戸台風」の観測数値(気圧、最大風速)のそれに匹敵するそうだ。大阪南部を中心に大阪全域で停電し、大阪湾や西宮の沿岸で3,3mという観測史上最大の高潮も記録した。開港当時から高潮の被害が心配されていた海上空港の関空は水没した。
 
 そんな中、松井知事は台風被害の広がりを他所に大阪に万博をと誘致のためヨーロッパに出掛けた。「直前のキャンセルは都市として脆弱だと思われる」ので敢えて出掛けるという風なコメントをして中部国際空港から飛んで行った。
 私などは目の前に広がる被害状況、続く停電と断水は都市の脆弱を証明しているのではなかろうかと思うのだが知事の目にはそうは映らないらしい。
 さらにこの事態を心配する平松前大阪市長や共産党の指摘を「嬉しそうに言うな!」「災害に乗じて風評被害をまき散らしている」と八つ当たりした。読売新聞が、関空活気戻らず、と報じたことに腹を立て「風評被害をまき散らす見出しに悪意を感じる。関空、活気徐々に戻るって見出しにしなさい」と見当外れというか情報操作せよともとれるツィートをした。
 
 日本全体を襲った命の危険に関わる猛暑、大阪を襲った地震と台風、安倍首相と松井知事が前のめりになっている「2020東京オリンピック」と「二度目の大阪万博」に自然が警告を与えているのだと思う。一度立ち止まって考えなおすことが必要だと思う。
 

2018年8月16日木曜日

平成の終わりに

 8月に入り、平和に関するいろんな取り組みがあり、今日の終戦記念日の全国戦没者追悼式など国家的行事も開催されている。そして今年は、マスコミの報道でそれぞれの行事、取り組みに「平成最後の」という冠が付いている。私は元号反対論者でもないし特にこだわりもない。どちらかというと、昭和生まれという事で平成には馴染めず、「昭和」という言葉にノスタルジーを感じている。そんな平成30年の終戦記念日、全国戦没者追悼式に臨んだ天皇には特に感慨深いものがあったのではないかと思う。

今朝の「毎日」朝刊の【余録】で昭和天皇の皇后から疎開していた皇太子、今の天皇にあてた手紙に「(お父さま)は日々大層ご心配遊ばしましたが 残念なことでしたが これで 日本は 永遠に救われたのです」と書いている。玉音放送の2週間後のことである。我が子への、身内故の正直な気持ちが表れている。

 また昭和天皇から皇太子への手紙もよく知られているとして「今まで戦争の実情を話さなかったのを、先生と違うことを言うことになるので控えていたと述べ、『ゆるしてくれ』と記した」とある。

皇后といい、天皇といい、軍国主義の中での親子関係から終戦により幾分開けた普通の親子関係になった様な雰囲気があったようで親しみを覚えた。

今の天皇は皇太子時代から沖縄をはじめ全国の戦争記念の場所に慰霊に訪れ、来年退位しても慰霊の行為は続けるらしい。

もうひとつ「毎日」から、14日付けの夕刊、特集ワイド「この国はどこに行こうとしているのか」で俳優の鈴木瑞穂さん(90歳)が憲法9条が掲げる非戦の理想を引き下ろし、改憲を目指す勢力への厳しい批判をしている。

鈴木さんは昨年、永年の演劇界への貢献が認められ第45回日本新劇製作者協会賞に選ばれた。その授賞式で小説「ドン・キホーテ」で知られる作家セルバンテスの言葉を引用し「夢だけを見て現実を見ないやつは度し難い。現実だけを見て夢を見ないやつはもっと度し難い。だが、救いようがないほど度し難いのは現実を夢に近づけようと努力しないやつだ」とスピーチした。

日本統治下の朝鮮半島で育ち、戦争末期に海軍兵学校に入るために日本の地を踏んだ軍国少年が敗戦で「大人の言うことなんか信用するもんか」とニヒルになった。そんな鈴木さんが伯父の勧めで京都大学に入り、ここで新憲法に出会った。
「日本は戦力を放棄する。もう二度と戦争はしないと書いてある。」と感動し、「戦地で無残に死んだ兵学校の上級生たちの遺言に思えた」と語っている。

 平成の終わりに語るべき昭和人の言葉として記憶しておきたい。