yamashirodayori【折口信夫と盆踊り】に、盆踊りの事が書かれてあり、音頭取りが番傘をさし、その傘が精霊の依り代であるとの見解が示されていた。
その事に何の異論はないがはたして河内では、と思い「上方」で調べてみた。
雑誌「上方」は昭和の初めから20年頃まで発行されていた上方郷土誌である。
上方であるから範囲は広くても京阪神の郷土史である。で、調べた結果、この挿絵の文章が出てきた。
場所は淡路島由良地域の盆踊りの紹介であるが挿絵も記述された内容にもはっきりと傘をさした音頭取りが描かれている。
曰く「音頭人は右手に傘、左手に白湯を持ちて、臼又は樽の上に立ち七七調数十句の世話物を口説き太鼓に合わせて聴衆これを囃す、」とある。
なぜ傘をさしているかなどの説明はない。「上方」のこの号は「盆踊り」の特集号でその他、河内の八尾や堺、佐野などの盆踊りの紹介もあるが傘をさしている「盆踊り」の紹介はこれだけである。
河内地方は「鉄砲節」に代表されるような新しい河内音頭に席巻され、古い形態の盆踊りなど、もうどこにも残っていないのではないだろうか。
タイトルが漢字変換できませんのでここに。 「古い盆踊り」
まるで「新日本紀行」のような新しい情報をありがとうございます。
返信削除日々の生活とは何の関係もないかも知れませんが、新しい(古い?)発見に感激です。
現代人の、幸不幸を決めるのは「お金次第」という「信仰」によって忘れられた、先人の素朴な信仰を思い起こすのも悪いことではないと思います。
この記事、ほんとうにありがとうございます。
ひげ親父さんのこの記事に興味を持たれた方は、よかったら元となった私の記事もご笑覧ください。
返信削除http://yamashirokihachi.blogspot.jp/2017/08/blog-post_26.html