今年もお盆の墓参りに八尾の実家に兄弟、従兄弟たちが集まった。総勢22名、みんなそれぞれ歳を重ね、今や主役は甥や姪たちに、墓参りをはさんで昔ばなしや、甥や姪の子供の話に時間が過ぎていく。今年は、長兄夫婦が文楽の夏休み公演に行ったという話で盛り上がった。以前ブログに書いたが、私はこの間の大阪市長の文楽(彼は協会がいかん、と言っているが)攻撃に危機感を抱き、文楽友の会に入ったのだが、この「夏休み公演」はほとんどの日程が満席状態で、図らずも「橋下効果か!」と思わせる状況とはなったが、油断はできない。さてその「夏休み公演」だが、夜の部に「曽根崎心中」がかかっていた。ご存じ、近松門左衛門の名作であるが、この「曽根崎心中」について面白い話が雑誌「上方」(復刻版)に載っている。事実は、いま伝わる「心中」物とは違う、というものである。物語の主人公、お初は、大阪曽根崎の遊郭「天満屋」の遊女で 、生まれは河内高安教興寺村で百姓宗二の娘、徳兵衛は、大阪内本町の木綿問屋「平野屋」九右衛門の養子で、養父の決めた許婚があるが、その意に従わず、遊女お初に通い詰め、遂にはお初の里である高安に駆け落ちする。お初の父親の宗二が二人の行く末を案じ、教興寺の淨厳和尚(実在の人物で江戸中期、寺を再建した)に頼み込む。和尚は二人へ因果の道理を諭し、お初をとりあえず曽根崎に帰し、徳兵衛を寺の下働きとして住まわせる。
|
最近出来たお初天神のブロンズ像 |
暫くして、お初はめでたく年が明け、徳兵衛と夫婦となり、この世を安楽に暮したという。徳兵衛が臨終の際は、お初が看取り、お初は徳兵衛が迎えに来た夢を見て、病みつき眠るがごとく往生した。和尚はこの二人の死骨を合葬し懇ろに弔ったと云う話である。その後、近松が高野山にのぼる途中、河内の教興寺を訪れ、淨厳和尚と親しくなり、この二人の話を聞き、さっそく文作し、元禄16年5月7日に竹本座で上演したと云う事になっている。さすが近松、見事に心中物に仕立て上げた訳だが、この話そのものにも、時代が合わない点があるという。
|
谷町筋の久成寺にあるお初の墓 |
近松が「曽根崎心中」を竹本座で上演したのは、元禄16年5月7日で間違いないそうなのだが、近松が話を聞いたと云う淨厳和尚は、五代将軍「綱吉」の深き帰依を受け、幕府のお召しに応じ、江戸に上り、元禄15年、江戸湯島で入寂したとなっている。つまり、和尚は近松がこの物語を上演する1年前には亡くなっており、二人は会っていないことになる。「虚(うそ)にして虚にあらず、実(じつ)にして実にあらず、この間にして慰(なぐさみ)が有るもの也」、有名な近松の演劇論「虚実皮膜論」であるが、私は高校生時代に担任だった国語の教師に、この演劇論を聞き、大いに共感したものである。話はそれるが、NHKの大河ドラマ「平清盛」の不振ぶりは、担当ディレクターの思い違い、(虚実皮膜論的に)があるのではないかと思っている。観客は真実を求めるだろうが、かといって、埃だらけの薄汚い主人公など見る気もないだろう。さて話は戻って、「曽根崎心中」の「実(じつ)」の部分であるが、お初、徳兵衛の二人が仲良く、安楽に暮した、という「実」を人形浄瑠璃に仕立て、上演して果たして大入りになったであろうか。近松はこれ以降、「冥途の飛脚」「心中天網島」と心中物でヒットを続け、これに触発されて世の中に心中する者が増え、幕府は心中物の上演を禁止した位である。世の評判をとるには、やはり実の上に虚を被せる事が、上等の手ではないだろうか、ただし、これは娯楽の人形浄瑠璃の世界の話である。
!私は近松について「刑場、火屋(ひや)、墓所が密集する千日前のまっただ中で・・・武士の身分を捨てて道頓堀の河原乞食の群に飛び込んだ近松には・・・自由人の気迫が充満している」との篠田正浩(河原者ノススメ)の評論を感動的に思い出しました。
返信削除ただ、曽根崎心中については「討入の翌年の4月23日に心中があり2週間後の5月8日に上演」と教科書的に知っているだけでした。
典型的な上部構造たる上方文化の衰退は関西経済という土台の崩壊という現実の中で当然だという意見や、金銭でしか文化を評価しない首長たちの言動がありますが、上方文化を愛する庶民の底力を今こそ見せたいものですね。
かつて文学の世界では「クソリアリズム」というような雑言がありました。「虚実皮膜論」は真理だと思います。
!「核家族化」が言われて久しく冒頭の「一族郎党22名が集った」ということ自体が古典文学のような味わいを伝えてくれています。
返信削除なお当地には、近松晩年の名作「心中宵庚申」の「お千代・半兵衛」のお墓(玉水近き山城の村は上田・・の来迎寺)があります。まあ、大坂のお方は天王寺七坂の一つ源聖寺坂銀山寺の方でお参りください。
現今のマスコミ、金で動くジャーナリストも事実の上に嘘をかぶせて私たちをだましているのではないでしょうか。「虚実皮膜論」!有難うございます勉強になります。
返信削除!孫崎享氏著「戦後史の正体」を読むと戦後史の虚実について考えさせられます。氏は米国が政治家や財界人だけでなく学者やジャーナリストにも資金提供をして「従米派」を育成したこと、それが今日にそっくり引継がれていることを暴いています。
返信削除で、ここからが虚実のような話なのですが、外務官僚であり防衛大学校教官でもあった著者は歴代首相たちを次のように分類しています。〔対米追随派〕吉田、池田、三木、中曽根、小泉、海部、小渕、森、安倍、麻生、菅、野田、〔一部抵抗派〕鈴木、竹下、橋本、福田康夫、〔自主派〕重光、石橋、芦田、岸、鳩山一郎、佐藤、田中、福田赳夫、宮沢、細川、鳩山由紀夫・・・さて、どこまで的を射てるのやら・・・べんべんべんべんべん
いやぁ~大変な話になってきましたな~。で、文楽の話、金を握った為政者の横暴に毅然と立ち向かっている技芸員の皆さん、頑張って、我々が味方ですから!
返信削除