2018年5月17日木曜日

ジャーナリストの気概は

 
 私のブログ、2016年9月16日「気骨・反骨の人」に岸井さんの阪大豊中キャンパスでの「報道の自由とは何か」という講演会に行った事を書いたのだが、、、その岸井さんが515日亡くなった。

 昨年末まで病身をおして4チャンネルの日曜日「サンデーモーニング」に出演し、司会者の関口さんから話題のテーマの最後の締めくくりのコメントを求められ、的確に応えているのを見るのが何とも小気味よく頼もしい感じがしたものだった。
 病床を見舞った関口さんに岸井さんは「たるんじゃったな、みんな」と声を絞り出したという。

 同じ15日、偶然とはいえ、大阪国公革新懇のニュースが届いて、その中に全国革新懇ニュースが入っていた。トップの紙面は評論家の佐高信氏のインタビュー記事であったが、その中で岸井さんとの長年の交流のエピソードを交え、ジャーナリストの資質というものを語っている。

 以下要約して引用

 岸井成格とは大学のゼミが同じでハタチからの付き合い、彼は保守本流だったが秘密保護法や戦争法を真っ向から批判し安倍の目障りとなった。ジャーナリストはケンカする覚悟を持ってもらいたいね。
 佐高さんはインタビューの最後に「新聞記者っていうのは、組織に属しても本来一匹狼であるべきですよ。でないと権力者の卑劣とたたかえないですよ。」「麻生ごときに『日本の新聞のレベルはこんなもんか』といわれたんでしょう。もうカンカンに怒って麻生批判の特別号ぐらい出さなきゃだめですよ。」と。
 さらに、最近テレビに出なかったが「朝まで生テレビ」に出たところ、視聴者から「まだ生きてたのか」と投稿があったことを明かし、「冗談じゃないですよ。少なくとも安倍を引きずり降ろさない限り死ねないね。安倍のままじゃ死ねないよ。若い人に悪いよ、それは。」と語っている。

 引用終わり

 もう一つ同じ15日の毎日新聞夕刊の「特集ワイド」で作家の辺見庸さんが「官僚らによる一連の不始末」というテーマでインタビューに応じている。
 その中で官僚による不祥事について“ウソをついても顔色一つ変わらない。恥にさいなまれることもないのはなぜなのか、ということについて「社会の方もけしからんという義憤が爆発しないんだよね。フェイク(偽)が常態化したから。」と。

 ウソを語る人間だけでなく、それを聞く社会の方も、すっかりウソと偽善に慣れっこになった、という事だ。

 また、ドイツのハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」を引き合いに出し、犯したことのスケールははるかに違うが「国会で証言する官僚たちの迷いのなさ、石のような無表情、鉄面皮につうじる」と官僚たちの安倍内閣にへつらう姿を批判している。
 
 昔、ロッキード事件で国会に呼ばれた大手商事会社の恰幅の良い副社長が宣誓書にサインするとき大きく手が震え、消え入るような声で「書けません」と言った姿をテレビ画面が冷酷に映し出していたのを思い出した。
 40年以上の時の経過が社会の慣れっこを生んだということなのか?

 同じ15日のテレビニュースでは高畑勲監督のお別れの会が三鷹のジブリの森美術館で営まれ、永年の友であった宮﨑駿監督が涙ながらに若い日に初めて出会った時の日のことを思い出し、
 
 「ありがとう、55年前に、、、あの雨上がりのバス停で声をかけてくれたパクさんの事を忘れない。」
 
 パクさん。僕らは精一杯、あの時を生きたんだ。膝を折らなかったパクさんの姿勢は、僕らのものだったんだ。」

                      と友を送った。

 
 
          

 

 






1 件のコメント:

  1.  昨夜貴兄が高畑勲監督を追悼してレセプションで発言したことはグッドタイミングでしたね。
     高畑監督訳詞の「愛は花・・」をHさんが歌ってくれたのも素晴らしかったです。
     岸井さんの百分の一、千分の一にも達しませんが、一人ひとりの自覚した市民が遺志を受け継いで発信していくことが大切でしょう。千分の一も千人寄ればです。
     タイミングの良いブログ記事だと感心しました。

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