2泊3日の旅行の話は何れ書くとして、旅先で固唾を呑んでみていた投票結果は「あ~よかった。これで大阪の将来について、大阪府民である我々も一緒になってゆっくりと考えることが出来る」という感想が正直なところであった。「都構想」が橋下・維新勢力の強引な手法で住民投票にまで持ち込まれた時から、大阪市民は「都構想」の中身ではなく、橋下市長の人気投票という、いわば「思考停止」状態にさせられていたと思う。それを全国的な応援も受け、「本当に大阪市をなくしていいのか、もっとゆっくり、真剣に考えさせてくれないか」との思いで大阪市民が出した結論だった。ところがこの結論を僅差で負けた悔しさなのか、「釈然としない」「年寄りの意見が若者を抑え込んだ」かのような意見や批判をする人たちがいる。1票でも勝ちは勝ち、と強引に住民投票を持ち込んだのはそっちではなかったのか、情けない限りである。

旅行から帰った18日付けの「毎日」には「辺野古阻止、3万5千人」の見出しがあった。翁長知事は「土地を奪っておきながら普天間が世界一危険だから(代替地を)沖縄が負担せよ、という事が許されるのか。政治の堕落だ」と政府を批判した。また、移設反対運動を支える「辺野古基金」が2億円を突破し、その7割が本土からで、「オール沖縄の闘いは、オールジャパンの闘いに変化している」との報告もあったという。
それからもう一つ、私の目を引き付けた記事があった。この県民大会の共同代表の「中山きく」さんの挨拶である。中山さんは「白梅学徒隊」の生き残りのお一人で、以前「けやき会」で沖縄を旅行した時、多くの県民や兵士が亡くなった沖縄戦の爪跡を巡るツアーのガイドをしてくださった方である。(2011年2月「沖縄旅行記」に書いた。)「辺野古移設反対の民意を無視して、政府は新基地建設をごり押しするが、これでも民主主義国ですか!」と訴える86歳の気迫に感動した。
自らが強引に決めた「住民投票」というスタイル・ルールに、敗れたからと云って文句をつける、そして、オール沖縄・オールジャパンの「辺野古移設反対」という断固たる民意を無視し続ける政府に道理がないことは明白である。
さらば橋下、さらば安倍、の民意は下された。