2014年8月30日土曜日

嫁はんと私の興味が両方満たされる、という展覧会が伊丹であった。もともとは「赤旗」の美術展ご招待に嫁はんが応募して当選した「ビネッテ・シュレーダー 美しく不思議な世界」展(伊丹市立美術館)であったのだが、同じ建物の中に「柿衛文庫」があり、そこで「鬼貫の世界」展が同時開催されていたのだ。
 ビネッテ・シュレーダーは、ドイツ生まれの絵本作家で、同時代のドイツ児童文学作家ミヒャエル・エンデ(「モモ」「果てしない物語」《ネバーエンディングストーリーとして映画化》」の詩に挿絵を描いたりした女性絵本作家で70歳をこえた今も新作に取り組んでいるという。嫁はんも当日まで女性作家とは知らなかったそうで、息子が喜んで見ていた絵本「ラ・タ・タ・タム」は白い小さな機関車や小さな飛行船が出てくる物語だがその細かい描写で、てっきり男性だと思っていたらしい。
 三つの展示室には、どんな細い筆で描いたのかと感嘆する原画が多数展示されていた。さすがに男性はまばらで、一見して絵本マニア(あくまで私の個人的感覚)の女性が多かった。
 もう一つの「柿衛文庫」の「鬼貫の世界」展は、伊丹が生んだ俳諧師、上嶋鬼貫の代表作の展示展である。今回初めて見たのは鬼貫が八歳の時に詠んだと云われる「こいこいといへど蛍がとんでいく」と云う句で、東の芭蕉、西の鬼貫、と云われた鬼貫だが「によっぽりと秋の空なる冨士の山」など、大人になってもその大らかで、のびやかな句つくりの一面が見られる句だった。
 「柿衛文庫」の設立者、岡田柿衛翁は江戸時代から続く造り酒屋の22代目の当主で伊丹市長を務めた人だそうで郷土が生んだ鬼貫の俳諧を知り、多くの俳諧資料を収集し、「柿衛文庫」を建てたという事です。どこぞの市長と違って文化的遺産を残す人は後世に名を遺すものだ。
 嫁はんも私もそれぞれ堪能した後、近くの「長寿蔵」で早めの夕食をとった。此処は以前、退職者会の酒蔵めぐりの際、昼食をとった処で、清酒「白雪」で有名な小西酒造の酒蔵を利用した食事処である。
 店の中にビールの醸造釜があり、実際製造している。でも私が好きなのは、「淡にごり」という日本酒で大きめのぐい呑みに写真のように上から注ぐパフォ―マンスで楽しませてくれる。酒粕を使ったピザなどを食べ、心もお腹も満たされた半日だった。
 
 

 台風にもめげず沢山の実をくれたゴーヤもそろそろ終わり、有難うと感謝を込めて室内の花入れに。
八月も終わりますが気候の変動にご注意を。



2014年8月11日月曜日

台風に名前があった時代

昨日、四国から近畿西部をゆっくりと通過した台風11号、名前を「ハーロン」と呼ぶらしい。麻生圭子さんのブログ「京都のしずく」で知った。へーぇ、今でも名前がついているんだ、と思った。というのも、昔は被害を与えた土地の名をつけて「伊勢湾台風」とか「第二室戸台風」と呼んでいたし、もっと昔(終戦後、進駐軍が日本にいた頃)は、女性の名前を付け、「ジェーン台風」とか呼んでいたのである。それがいつのころからか、発生順に1号、2号と呼ぶようになった。だから同じ11号でも去年や、その前の11号と区別がつかず、何年前の11号と呼んで区別をつけなければならなくなった。      
 昔、家にテレビがない時代は、ラジオから逐一、流される台風の動きを家族全員が閉めきった家の中で聞いたものだった。家にテレビが来てからは定時放送が終わっても深夜まで台風情報番組が続き、ニュースとニュースの間に流れる清流の流れとか、アルプスの山々の映像が映されるのを飽きずに眺めていた。緊迫した中にものんびりした時代だった。
 現代は、行政の責任問題になりかねないと、早め、早めの避難勧告や、被災状況がこまめに流される。今回の11号でも三重県の四日市市には全住民31万人に避難勧告が出されたが実際非難したのは1%にも満たなかったらしい。とり越し苦労で済めば、という感じで勧告するのだろうが、勧告せずに、もし災害があったら責任問題になるからという行政側の気持ちが透けて見える。実際31万人が避難したらどんな混乱が出るか誰も予想できないのでは、と思ってしまった。
 ということで、我が家も昨日の昼前まではベランダの物干し竿を片付けるぐらいの準備しかしていなかったが、昼前になって、「赤穂市付近に再上陸しました」とテレビが伝えたころから雨風が激しくなって、ゴーヤのグリーンカーテンが御覧のようになってしまった。
 我が家の台風11号による被害はこれだけで済んだが、豪雨による被害が四国中心に広がっているようだが亡くなった人の数が以前の台風被害に比べ少なかったのは、事前の情報と避難警告、勧告のお蔭なのかもしれない。
 台風で思い出したことでもう一つ、大阪を直撃した「第2室戸台風」は上陸しても勢力が衰えず、台風の目もしっかりしていたと記録にある。そして私はその眼をはっきり見たのである。台風が通過中、一時、雨も風も少しおさまり、見上げる上空に丸~るく、ぽっかりと青空が見えたのである。中学生頃のことであるから、夢や幻ではない、と確信している。信じてもらえないかもしれないが確かに見たのである。どなたか、同じような経験をした人があったらお知らせ願いたい。
 で、最初の台風11号の「ハーロン」という名前について、Wikiで調べたところ、日本他14か国が加盟する政府機関の「台風委員会」で2000年以降発生する台風140個に事前に名前と命名する国が決めてあるそうで今回が56個目で名付け親はベトナム国で「ハーロン」はベトナムの湾の名前だそうである。我が家の被害が少なかったからかもしれないが、昔の台風の名前が懐かしく思い出された一日だった。